후리가나로 읽는 일본 고전
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まきのとみたろうじじょでん
牧野富太郎自叙伝
牧野 富太郎
牧野 富太郎의 牧野富太郎自叙伝(まきのとみたろうじじょでん)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 94,045자 · 185화면
の編纂に従事することになった。つまりただの助手では俸給が決まっていてなかなか上るものではないが、こういう特別の仕事をすれば私の収入もふやすことが出来よう、という浜尾総長の御厚意からであったが、この私の大事業に対して当時の植物学の主任教授松村博士がどういう訳かいろいろな妨害をされた。のち故あってせっかくの『大日本植物志』も第四集のまま中止することとなったのです。従ってまた私の収入はビタ一文もふえなくなってしまったので、そこで私は生活上止むを得ず、私の苦心して採集した標本の一部を学校へ売ってみたり、書物を書いたりして生活上の赤字はどうしても私の腕で補ってゆかねばならなかったのです。ところが子沢山、結局しまいには十三人もの子どもが出来てしまったので私の家の生活が、月給十五円から二十五円(十三人目の子供が出来た時の俸給が二十円から二十五円でした)ぐらいの俸給と、私の痩腕による副収入とではとてもやってゆけるものではなく、また忽ち各方面の借金また借金がふえてその後長いこと私は苦しまねばならなかったのです。
その時丁度天の使のように私の眼の前に現れて来て下さったのが、当時某新聞社の記者をしていた農学士の渡辺忠吾君――一時京都の農学校の校長をしていて今は確か帝国農会の理事か何かしているはずです――でした。