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ちゃん

ちゃん

山本 周五郎

「週刊朝日別冊陽春特別読物号」朝日新聞社、1958(昭和33)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,377 字 · 45 页

青空文庫

「その話、もうよして」とお蝶がふいに云った、「お酌をするわ、重さん、酔ってちょうだい」

「ちょっと待てよ」と新助が云った、「まだこれから相談があるんだ」

「もうたくさん、その話はたくさんよ」とお蝶は強くかぶりを振った、「重さんはわかったって云ってるし、ここは呑み屋なんだから、もうその話はよして飲んでちょうだい、今夜はあたしもいただくわ、いいでしょ、重さん」

「うん」と云って重吉は頭を垂れた、「いいとも、あたぼうだ」

友達はありがてえな。注がれるままに飲みながら、重吉は心の中でつぶやいた。出てゆく客があり、はいって来る客があり、おたまがかなきり声をあげた。

――おれは泣きそうになってるぞ。

重吉は頭を振った。友達だから云ってくれるんだ、ありがてえな、と彼は口には出さずにつぶやいた。お蝶がなにか云い、新助がそれに答えたが、やり返すような声であった。重吉は飲み、頭をぐらぐらさせ、そうして「ありがてえな」と声に出して云った。

――おれは泣きそうだ。

泣いたりすると、みっともねえぞ、と重吉は自分に云った。そこで彼は外へ出たのだ。新助が呼びかけたのを、お蝶がとめた。