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つばくろ

つばくろ

山本 周五郎

「講談倶楽部 秋の大増刊」大日本雄弁会講談社、1950(昭和25)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,987 字 · 44 页

青空文庫

役所から持って来た仕事を机の上にひろげ、筆を持ったが、そのまま机に凭れてぼんやりと時をすごした。

自分では気がつかなかったが、そのときすでに彼の苦しみが始まっていたのである。それは効きめの緩慢な毒が血管を伝わって徐々に組織を侵すように、じりじりとごく僅かずつ、時間の経過につれてひろがり、蝕ばみ、深く傷つけていった。……三日ばかりのあいだに彼は痩せて、顔色が悪くなり、食事の量も少なく、ひどい不眠のあとのように眼が濁ってきた。

「おかげんでもお悪いのではございませんか」

おいちが心配そうにたずねた。

「――おれか、……」

高雄は妻のほうへ振向いた。それは吉良から話しを聞いて五日目の朝のことで、彼はちょうど登城の支度を終ったところだった。振向いて妻を見たとき、彼の胸のどこかにするどい痛みが起った。

おいちは青みを帯びたきれいな眼でこちらを見あげていた。五尺そこそこの小柄な躯つきであるが、ぜんたいの均整がよくとれているので、立ち居の姿はかたちよくすらっとしてみえる。きめのこまかい膚はいつも鮮やかに血の色がさしていて、濡れたようになめらかな薄紅梅色の唇とともに、まるでそだちざかりの少女のような、あどけないほど柔軟で匂やかな嬌めかしさをもっていた。