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ひやめしものがたり

ひやめし物語

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1947(昭和22)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,861 字 · 31 页

青空文庫

今日は悪日に違いない、吉之助を送りだしながら彼はそう思った。冷飯の乏しい小遣でぽつぽつ集め、綴直したり好みの装幀をしたりして、だんだん殖えるのを楽しみにしていたのに、ここで召上げられては鳶に油揚だ、あの紙入といいこれといいなんと不運な日だったろう、大四郎はすっかりくさってしまった。

明くる日、書名の類別表を書いていると、嫂が来て客を告げた、「堤町の中川さまと仰しゃる方です」という。大四郎はびっくりした、また金が足りないなんて云うんじゃあないか、そんなことさえ思いながら玄関へゆくと、中川八郎兵衛が例の渋くれたような顔で立っていた。邪魔ではないかと云う、なんの用かわからないが客間へ上って貰った。「昨日は済まぬことをした」座へ就くとすぐ老人はこう云って、小さな紙包をそこへ差出した、「一両一分足らぬと申したがあれは思い違いであった、買い物をしたことを失念していたので、まことに済まなかった」

「それはどうも……」大四郎はついにやりとなった。なにはともあれ一両一分という金が返ったのだから大きい、中を検めて受取って呉れ、そう云って出された紙包をそこへ置いて、彼は母親のところへ茶を頼みにいった。