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ヨブきこうえん
ヨブ記講演
内村 鑑三
丸の内の大日本私立衛生会館における内村聖書研究会においてのヨブ記講義、1920(大正9)年4月25日~6月27日、9月12日~10月10日、10月24日、11月21日、12月19日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 92,828 字 · 185 页
故に忘れんとして忘れ得ないのである。しかしながら友に棄てられて全く己一人となりし時、茫々たる宇宙ただ神と我のみあるの実感に入りて、初て神と真の関係に入り得るのである。しかして後また友誼を恢復して、これを潔め得るのである。
◯二十一節は「願くは彼れ人のために神と論弁し、人の子のためにこれが友と論弁せんことを」と言う(人の子とあるも人と同じである)。神には撃たれ友には誤解せらる、自ら自己のために弁明するも些の効なく、神の我を苦むる手は弛まず友の矢はますます頻く来り注ぐ。ここにおいてかヨブは己のために神と論弁しまた友と論弁して、彼の無罪の証を立つる、一種の証人を要求するのである。「彼れ」とはすなわちこの者を指したのである。実に人は自信神に訴え自ら友と争うも力足らず、我に代りてこの事を為す証人を切に求めるのである。これ難局に処しての人間自然の要求である。人は己の無力を覚るとき、強くして力ある我の代弁者を求めざるを得ないのである。この証者は弱き人類の一員であってはならぬ。同じく弱き人にてはこの事に当ることは出来ない。故に人以上の者でなくてはならない。故に神の如き者でなくてはならない。