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ヨブきこうえん

ヨブ記講演

内村 鑑三

丸の内の大日本私立衛生会館における内村聖書研究会においてのヨブ記講義、1920(大正9)年4月25日~6月27日、9月12日~10月10日、10月24日、11月21日、12月19日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 92,828 字 · 185 页

青空文庫

果してしかるか。ヨブは後の繁栄幸福の故を以て、悲痛極まりし過去を全く忘れ得たであろうか。否! と我らは叫ばねばならぬ。誰か子を失いし親にして、新たに子を賜わるも前の悲痛を忘れ得ようか。一人の子を失いて十人の子を新たに賜わるも、その損失と悲哀を忘るることは出来ぬのである。これ誰人においてもしかる所である。ヨブは後の繁栄にありても、必ず過去の災禍苦難を想起したことであろう。去りし妻のこと、失いし子のこと、雇人のこと、その他身の病苦と人の無情、いずれも彼の心に深く食いこんだものであって、到底忘るるを得ない事である。故に彼は新しき幸福に浴せしために、旧き禍を忘れて満足歓喜に入ったのではない。十九章に記さるる「我れ知る我を贖う者は活く、後の日に彼れ必ず地の上に立たん、我この皮この身の朽果てん後われ肉を離れて神を見ん、我れ自ら彼を見奉らん、わが目彼を見んに識らぬ者の如くならじ、わが心これを望みて焦る」との大希望に入りし故、ヨブに満足と歓喜が臨んだのである。これに比すれば物の恵の如きは数うるに足らぬのである。

◯初めのヨブの繁栄と後の繁栄との間に、ある大なる相違があることを我らは認める。