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ヨブきこうえん

ヨブ記講演

内村 鑑三

丸の内の大日本私立衛生会館における内村聖書研究会においてのヨブ記講義、1920(大正9)年4月25日~6月27日、9月12日~10月10日、10月24日、11月21日、12月19日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 92,828 字 · 185 页

青空文庫

げに当時のヨブの心を語るべくこの比喩は適切である。人生の沙漠に生命の水を求めつつあったヨブは、たまたま三友の来訪に接して、あたかも隊客旅が遥かに渓川を望見せし如くに感じた。そこには必ず彼の求むる水があると思った。しかるにいよいよ近づきて彼らの態度を見、またその語に接するや期待は全然裏切られて、わが渇を医すべき水は一滴も見当らないのである。ヨブの失望察すべきである。故に二十一節において「汝らも今は虚しき者なり」と彼は友人らに対しまず総括的断定を下して後ち、激語を重ねて彼らを責むるのやむなきに至ったのである。

◯二十四節の「我を教えよさらば我れ黙せん。請う我の過てる所を知らせよ」とは彼の心の切なる願そのままの発表である。同時にまたこれを為し得ぬ友の無能を責めた語である。二十六節には「汝らは言を規正めんと思うや、望の絶えたる者の語る所は風の如きなり」とある。ヨブは自己の語る所が風の如く秩序も聯絡もなくして、取るに足らぬものなることを自認していたのである。これ望の絶えたる彼としては自然のことである。しかるにかかる者の語の言葉尻を捉えて是非の批判を下すは何の陋ぞと責めたのである。