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ヨブきこうえん

ヨブ記講演

内村 鑑三

丸の内の大日本私立衛生会館における内村聖書研究会においてのヨブ記講義、1920(大正9)年4月25日~6月27日、9月12日~10月10日、10月24日、11月21日、12月19日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 92,828 字 · 185 页

青空文庫

その対照著しというべきである。しかし実は二十四節以前においても我を愍む語が見えるのである。すなわち二十、二十一節にいう「たとい我れ正しかるともわが口われを悪しとなさん、たとい我れ全かるともなおわれを罪ありとせん、我は全し、されども我はわが心を知らず、わが生命を賤む」と。しかしてこれバイロン、ニエチェらの近代文士のいい得ざる所である。大宇宙を前にしてのこの謙卑は彼らになきものである。ヨブのこの言たるパウロの「我れみずから省るに過あるを覚えず、されどもこれによりて義とせられず、我を審判く者は主なり」(コリント前四の四)とその精神を一にするものであって、神を畏るる者の魂より流れいずる語である。ヨブにこの心あり、また二十五節以下の如き己に対する失望ありし故に、遂に最後の救に浴し得たのである。これややもすれば自己を神となさんとする近代文人とヨブとの著しき相違点である。

◯わが日は駅使(早馬使、駅丁)よりも迅く、いたずらに過ぎ去りて福祉を見ず、その走ること葦船の如く、物を攫まんとて飛びかける鷲の如し」との悲歎の語が二十五、六節にある、わが日の過ぎ去る事の早きを陸上、水上、空中の最も早き物に比したのである。