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ぼんじんでん
凡人伝
佐々木 邦
「雄辯」大日本雄辯會講談社、1929(昭和4)年4月号~1930(昭和5)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 98,944 字 · 202 页
と立花君は信者の常として聖句を利用した。
「誰だい? それは」
「君さ」
「馬鹿を言っている」
「いや、僕は席次こそ上だけれど、実力は君だよ。それに僕はこれで君の都合も考えているんだ」
「何ういう?」
「君は今ロビンソンさんから幾ら貰っている?」
「十五円さ」
「そこへ僕の後を引き受ければ十七円だから、三十二円になる。地方の口は三十五円だ」
「何処だい? 一体?」
「一ノ関さ。寒いところだ」
「それじゃ君に譲るよ」
と私も慾だ、寒い東北へ行って三十五円貰うよりも東京にいて三十二円取る方が徳だと思った。
「本当に宜いかい?」
「宜いとも」
「それじゃ僕はこれから猪股さんのところへ行って、君を推薦する」
「宜しく頼むよ」
「猪股さんは然ういう口吻を洩らしていたから、間違ない、君も都合が好いし、僕も大いに助かる。有難う」
と立花君は目的を達して出て行った。
私は微笑を禁じ得なかった、早速、隣室の野崎君を訪れて、
「君、口ってものはあり始めるとあるものだぜ」
と見込を打ち明けた。
「それは巧い。唯じゃ堪忍出来ないよ」
「蕎麦でもおごろうか?」
「行こう」
と野崎君は気が早い。
立花君は数日後に一ノ関へ赴任した。