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ぼんじんでん
凡人伝
佐々木 邦
「雄辯」大日本雄辯會講談社、1929(昭和4)年4月号~1930(昭和5)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 98,944 字 · 202 页
「僕は知らん」
「君」
「それじゃこれで」
と私は肘で小突いてやった。敵は甘受した。もう味方になったのだった。
猪股先生は事務員を呼んで又先刻の続きを口授した後、帽子を手にして、
「それでは河原君と野崎君、寄宿舎へ案内しよう」
と言って歩き出した。
「君」
と野崎君が私を促した。もう先を争わない。
「恐れ入ります」
と私は先生自らを煩わすのを気の毒に思った。
「何あに、家へ帰る序です。私のところは丁度寄宿舎の裏になっています」
と、先生は学園内に住んでいるのだった。
私達は行李を受附へ頼んで、鞄丈け提げてお供をした。
「広いですなあ!」
と野崎君が感歎の声を洩らした。
「三万坪からあるそうです」
「銀座のと同じ時計台がある」
「あれはいつも五分後れているそうです」
「ふうむ」
「時計台の向うに五階の塔の聳えている三階が寄宿舎でしょう」
と私が言った時、猪股先生は、
「河原君は能く知っているね」
と訝った。
「占部先生から始終聞いていたのです」
「成程」
「写真を見せて戴きました」
「道理で詳しい。寄宿舎で思い出したが、占部君はヤンチャンで困ったよ」
「はゝあ」
「誰かと天麩羅蕎麦の賭をして、あの三階の窓から飛び下りた」