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なんぼく

南北

横光 利一

「人間」1921(大正10)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,591 字 · 40 页

青空文庫

「お前、俺とこへ来たのか?」

「うむ、医者めが、もたん云いさらしてさ。」

「それで俺とこへ転げ込んだのやな?」

「お前、酒桶からまくれ落って、土台もうわやや。お母に頼んでくれよ。おらんのか?」

「好え加減にしとけ。」

秋三は立ち上った。

「おい、頼む頼む。お母に一寸云うてくれったら。」

秋三はそのまま黙って柴を担ごうとすると、

「お前とこ、俺とこの母屋やないか、頼むで置かしてくれよ。」と安次は云った。

「俺とこが母屋や?」

「そうとも、誰なと聞いてみい。」

「縁起たれの悪いこと云うてくれるな。手前とこは谷川って云うやら。俺とこは山本や。」

その時、秋三はふと勘次の家と安次の家とは同姓で、その二家以外に村には谷川と名附けられる姓の一軒もないのに気がついた。してみれば、今安次を勘次の家へ、株内と云う口実で連れていったとしたならば? 勘次の母の吝嗇加減を知っていればそれだけ、秋三には彼女の狼狽える様子が眼に見えた。それは彼にとって確に愉快な遊戯であった。

と、忽ち、秋三は安次を世話する種々な煩雑さから迯れようとしていた今迄の気持がなくなって、ただ、勘次の家を一日でも苦しめてみることに興味を持った。