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みょうじのはなし
名字の話
柳田 国男
「斯民家庭 第二編第七号、第九号、第一〇号、第一一号」報徳会、1911(明治44)年7月1日、9月1日、10月1日、11月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,823 字 · 46 页
呼ぶ必要がにわかに増して来たものと察せられる。『尊卑分脈』などを見てもきわめて明白であるが、京都でも田舎でも一時に家号の増加したのはこの時である。たとえば藤原家でも基経・時平の頃までは、たとい分れ分れに住しておっても皆同じ藤原家の人々であることが明白に現われているが、それから次になるとだんだんと屋敷所在地の地名を家号に用いて、二条殿といい九条殿といい、それぞれ家が分れて来ることになる。それ以前においてはこれだけ身分の高い貴族になると、他人からは決して藤原殿とも基経殿とも断じていわない。その当時の官名とか屋敷の場所とか何か通称をもって呼んでいる。畏れ多い話であるが、わが邦の皇族の今日の状態は、すなわちこの風習の永遠に継続せるものであって、それがわが邦の貴いところであります。しかるに藤原家のごとく皇室に次いで顕栄を極めた家でも、財産を分ち兄弟牆に鬩ぐようになっては、たちまちにして家号というものが明白に樹立して、二条殿と九条殿と一条殿と近衛殿とは、別の家のような気がしてしまったのであります。今日のいわゆる公卿華族の家の名を見渡せば、すぐに気のつくことであるが、そのほとんと全部は京の町あるいはその附近の地名である。