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きゅうけつき

吸血鬼

江戸川 乱歩

「報知新聞夕刊」1930(昭和5)9月30日~1931(昭和6)3月12日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,554 字 · 381 页

青空文庫

見渡せば、眼路の限り、黒い波が、無数の怪物の頭の様に、根気よくうごいていた。

その船の中に横たわっている死骸の、この世のものとも思われぬ、恐ろしい形相。

今朝からの、奇想天外な賊の逃走といい、打ち続く奇怪事に、人々は異様な悪夢を見続けているような気がした。ジワジワとあぶら汗がにじみ出す程、何ともいえぬ恐怖を感じた。

恒川氏は、思い切って、賊の顔に両手をかけると、力をこめて、メリメリとその皮をはいだ。

醜怪極まる、怪物の顔が、薄気味悪く、めくれて行く。

アア、何という残虐、牛の皮をはぐように、たとい死人とはいえ、顔の皮をはぎとるとは。

人々はドキンとして、思わず目を閉じた。めくれた皮の下から、黒血がほとばしって、ベロベロの、見るも無悪な赤肌が現れて来ることを、想像したからだ。

しかし、血も流れなければ、肉も現れなかった。醜怪な皮の下から出て来たのは、全く違った、もう一つの顔であった。つまり、焼けただれた唇のない顔は、世にも巧みな蝋製の仮面であったのだ。

人々は、それが蝋細工と分っても、そんなもので、どうして長い間、世人を欺くことが川来たのかと、不思議にたえなかった。