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きゅうけつき
吸血鬼
江戸川 乱歩
「報知新聞夕刊」1930(昭和5)9月30日~1931(昭和6)3月12日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,554 字 · 381 页
茂少年
だが、彼は短刀をふところにしながら、それを使用する勇気はなかった。結局弱者の道を選んで、自分自身を亡ぼす外に、何の手だてもなかったのだ。
水死人騒ぎの翌日、三谷青年と柳倭文子とは、このいまわしい土地をあとにして、東京へと汽車に乗った。
彼等は少しも知らなかったけれど、同じ列車の別の箱に、合トンビの襟を立て、鳥打帽をまぶかに、黒眼鏡とマスクで顔を隠した老人が乗合わせていた。唇のない男! 蛭田嶺蔵だ。アアこの怪人物は、三谷と倭文子に対して、抑そも如何なる因縁を持っていたのであろうか。
さて読者諸君、以上は物語の謂わばプロローグである。これから舞台は東京に移る。そして世にも奇怪なる犯罪事件の幕が、愈々開かれることになるのだ。
茂少年
三谷と倭文子は、東京へ帰ってからも、三日に一度は、場所を打合わせて置いて、楽しい逢う瀬を続けていた。
三谷の方は、学校を出てまだ勤め口も極まらず、親の仕送りで暮している下宿住いであったし、倭文子の方は何か打あけにくい事情があるらしく、住所さえ曖昧にしているので、お互に訪ね合うことはさし控えた。
だが、二人の情熱は、時がたつに従って、衰えるどころか、愈々濃かになって行ったので、そうした曖昧な状態を、いつまでも続けることは出来なかった。