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きゅうけつき
吸血鬼
江戸川 乱歩
「報知新聞夕刊」1930(昭和5)9月30日~1931(昭和6)3月12日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,554 字 · 381 页
「ごらんなさい。何にもいやしない。僕等は余り神経を使い過ぎているのですよ」
いわれて倭文子は、青年の肩越しに、ソッと首を伸ばして、窓の外を眺めた。
すぐ目の下を、鹿股川の青黒い水が流れている。そこは丁度淵になった個所で、たださえ深い上に、雨降り続きの増水、しかも、夕暮れの深い谷間、その底を流れる川は、いとど物凄く見えるのだ。
と、その時、三谷青年は、彼のお尻にピッタリくっついていた倭文子の肌が、突然、ギクンと痙攣するのを感じた。
「あれ! あれ!」
彼女が凝視して叫び続ける川岸を見ると、今度こそ、いかな三谷青年も「アッ」と声を立てないではいられなかった。
最早夢でも幻でもない。最も現実的な、棄ては置けぬ大椿事だ。
「水死人だ。怖がることはありません。助かる見込みがあるかどうか、見て来ますから、待っていらっしゃい」
脱衣場で、手早く着物を着て、廊下から現場へ飛び出すと、倭文子も彼のあとから、伊達巻一つで従って来た。
「アア、迚も駄目だ。飛込んだのは今日じゃありませんよ」
如何にも、水死人は、まるで角力取りみたいに、醜くふくれ上っていた。顔は下を向いているので分らぬけれど、服装の様子では湯治客らしい。