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きゅうけつき
吸血鬼
江戸川 乱歩
「報知新聞夕刊」1930(昭和5)9月30日~1931(昭和6)3月12日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,554 字 · 381 页
「アラ、この着物、見覚がありますわ。あなたもきっと……」
倭文子は激情に声を震わせて、妙なことを口走った。
土左衛門は、細い銘仙絣の単物を身につけていた。その絣に見覚がある。
「まさかそんなことが」
と我が目を疑いながら、併し、三谷はその水死人の顔を確めるまでは安心が出来なかった。彼は水際まで降りて行って、岸に漂いついている死体を、怖々足でグッと押して見た。
すると、死体は、戸板返しの様に、クルッと廻転して、上向きになった。まだ生きているのではないかと、ゾッとした程、軽々と向きを換た。
倭文子は遠くへ逃げて、水死人の顔を見る勇気はなかった。三谷は見るには見たけれど、余りのことに胸が悪くなって、長く眺めていることは出来なかった。
死体の顔は、ブクブクとふくれ上り、まるで相好が変っていたし、その上、岩角に当ってすり向けたのか、ほとんど顔全体が、グチャグチャにくずれて、二目とは見られぬ不気味さであった。
三谷と倭文子が、宿の者を呼びに走ったのは申すまでもない。それから起った、土左衛門騒ぎの詳細を記す必要はない。警察は勿論裁判所からも人が来た。騒ぎは鹽の湯ばかりでなく、鹽原全体に拡がり、二三日というもの、よると触るとその噂であった。