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きゅうけつき

吸血鬼

江戸川 乱歩

「報知新聞夕刊」1930(昭和5)9月30日~1931(昭和6)3月12日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,554 字 · 381 页

青空文庫

三谷青年が即ち唇のない怪物ではなかったか。あの体臭の一致を何と解釈すればよいのだ。

何もかも、最初から、深くも企んだ悪事だ。ひょっとしたら、斎藤老人の変死事件も、悪魔が巧なトリックで、さも私が下手人と思い込むように、仕向けたのではあるまいか。アア、恐ろしいことだ。

倭文子はかつ然として、何事かを悟った様に思った。

「それなれば、それなれば、私は今おめおめと死ぬべき時ではない。どうともして、この窮地を逃れ濡衣をほさなければならぬ」

彼女は俄に、茂と一緒になって棺のふたを破ろうと、死にもの狂いにもがき始めた。

「茂ちゃん。サア、もう構わないから、呶鳴るんです。外の小父さんに聞えるように、わめき立てるのです」

そして、母と子は、ワーッと、泣くとも叫ぶともつかぬ、恐ろしいうなり声を立てて、滅多無性に棺の板を蹴りたたき始めた。

だが、何をいうにも、厚い板と鉄の扉で、二重に隔てられている上に、ごうごうと燃えさかる火焔の音にさまたげられ、充分には外へひびかぬ。のみならず、隠亡にして見れば、まさか棺の中に、生きた人間が入っていようとは、思いもよらぬので、たとい少々声が聞えても、それと気づく筈がない。