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きゅうけつき
吸血鬼
江戸川 乱歩
「報知新聞夕刊」1930(昭和5)9月30日~1931(昭和6)3月12日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,554 字 · 381 页
ふと気がついて、耳をすますと、どこか上の方から、子供の泣声が聞えて来る。深々と静まり返った夜の中に、細々と絶えては続く、淋しい泣声。
幼い子供が、折檻されている様子だ。
いとし子の声を、なんで聞違えるものか。あれは確に、茂の泣声だ。そうでなくて、こんなにも、ヒシヒシと胸にこたえる筈がない。
「茂ちゃん。お前、茂ちゃんですね」
倭文子は、耐らなくなって、思わず高い声で叫んだ。
「茂ちゃん。返事をおし。お前の母さまは、ここにいるのよ」
恥も外聞も忘れて、気違いの様に叫び続ける声が、やっと相手に通じたのか、一刹那、泣声がパッタリ止ったかと思うと、俄に調子の高まった、身を切られる様なわめき声が響いて来た。その調子が母さま母さまと呼んでいる様に聞える。
それに混って、ピシリピシリと異様な物音、アア、可哀相に、子供は鞭で打たれているのだ。
だが、その間に、倭文子にとって、茂の泣声よりも、もっともっと恐ろしいものが、忍びやかに、彼女の身辺に近づいていた。
運転手達の出て行った、扉の上部に小さな覗き穴が作ってあって、今、その蓋が、ソロソロ開きつつあるのだ。
痛ましい子供の泣き声が、少し静まったので、天井の方に集まっていた注意力が、解けると同時に、目についたのは、扉の表面に起っている、異様な変化であった。