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きゅうけつき
吸血鬼
江戸川 乱歩
「報知新聞夕刊」1930(昭和5)9月30日~1931(昭和6)3月12日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,554 字 · 381 页
倭文子はギョッとして、少しずつ、少しずつ、開いて行く、覗き穴を凝視した。
カンテラの赤茶けた光が、僅かに照らし出だす扉の表面に、糸の様に黒い隙間が出来たかと思うと、それが徐々に半月形となり、遂にポツカリと、真黒な穴があいた。
誰かが覗きに来たのだ。
「茂に逢わせて下さい。あの子を折檻しないで下さい。その代りに、わたし、どんなにされても構いません」
倭文子は一生懸命に叫んだ。
「本当に、どんなにされても、構わぬというのかね」
扉を隔てたせいか、ひどく不明瞭な、ボウボウという声が、答えた。
その調子が、ゾッとする程不気味に思われたので、彼女は容易に次の言葉が出なかった程だ。
「お前さんが、そんなにいうなら、茂と逢わせてやらぬでもないが、今の言葉は、まさか嘘じゃあるまいね」
やっぱり、非常に聞き取りにくい声がしたかと思うと、丸い覗き穴に、ヒョイと人の顔が現われた。
一目それを見た倭文子は、余りの怖さに、ヒーッと、泣くとも叫ぶともつかぬ声を立てて袂で目かくしをしたまま、俯伏してしまった。
嘗つて鹽原温泉で見た、何ともいえぬ恐ろしい幻が、またしてもそこに現われたからだ。