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きゅうけつき

吸血鬼

江戸川 乱歩

「報知新聞夕刊」1930(昭和5)9月30日~1931(昭和6)3月12日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,554 字 · 381 页

青空文庫

昼の様に明るい月の光り、どこに一ヶ所、身を隠す場所とてはないのだ。

いや、もっと確なことは、今しも横丁の向うから、ブラブラこちらへ歩いて来る通行人。近所の人と見えて、帽子も被らず着流しの散歩姿だが、その呑気らしい様子が、怪物と行違った人とは思われぬ。

「オーイ、今そちらへ走って行った奴はありませんかア」

一人の巡査が大声に尋ねると、その男は、驚いて立止ったが、

「イイエ、誰も来ません」

と答えた。

警官達は、変な顔をして、両側の高いコンクリート塀を見上げた。

何の手掛りもなく、一丈もある塀を、よじ昇ることは不可能だ。それに、警官達は知らなかったけれど、片足義足の怪物に、そんな芸当が出来る筈はない。

どんな恐ろしい姿にもせよ、目の前に見えている内は、まだよかった。それが白々とした月光の下で、煙の様に消失せてしまったと思うと、俄にゾッと気味が悪くなった。

妖術だ。悪魔の妖術だ。

だが、今の世に、そんな馬鹿馬鹿しいことがあるだろうか。

「ア、あんた、一寸待って下さい」

恒川警部は、さい前の通りがかりの人が、すれ違って行くのを呼びとめた。

彼は実に変なことを考えたのだった。