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よるのこうず

夜の構図

織田 作之助

「婦人画報」1946(昭和21)年5月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,068 字 · 125 页

青空文庫

冴子の言葉が、途端に切っ掛けを与えてくれたからだ。

信吉はすかさず言った。

「何か本を貸してあげようか。『クレーヴの奥方』は読んだ……?」

「ええ」

「じゃ、スタンダールは?」

「まだ……」

「スタンダールを読まないのは、けしからん。『赤と黒』だけでも読むべきだね。読まないと一生の損になるという本は、そうざらにはないが『赤と黒』だけは、読む前と読んだ後とで、人生観がころりと変ってしまうね」

信吉はもう照れていなかった。ペラペラと薄い唇を動かしていた。

「今、お持ちですの……?」

「いや、ホテルにあります。あした持って来てあげようか」

本当はホテルへ取りに来いと言いたかった。ホテルへもう一度誘うためにわざわざ冴子の部屋まで来たのだから……。

「でも、お忙しいんでしょう。あたしがホテルへ拝借に伺いますわ」

「いつ……?」

信吉はわざと渋い顔をして、渋い声を出した。

「いつって……。四五日うちにでも……」

「だって、僕は明後日の朝、大阪へ帰っちゃうんです」

「じゃ、明日お伺いしますわ」

「何時頃……」

「…………」

冴子はちょっと考えた。信吉はすぐかぶせるように、

「今日と同じ時間だったらいいでしょう……?」