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よるのこうず
夜の構図
織田 作之助
「婦人画報」1946(昭和21)年5月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,068 字 · 125 页
第八章
と、思っていたからだ。
冴子には、情熱はなかったのだ。
今も情熱は……、あると言いきれるだろうか。
恋愛とは、自分を見失うまでの情熱の行為だが、果して信吉は自分を見失うまでに女に惚れることが出来るだろうか。いやそんな男が現代の青年の中にあるだろうか。
しかも、男は音楽を聴いていると、
「惚れた」
と、思いたがる。自分に言いきかせたがる。相手にも言いたがる。
悲しむべき現代人の病気だ。しかし、病気に罹ったものだけが、本当の健康に憧れることが出来るのだ。
夜光虫の光に親しんだものだけが、太陽の光線に憧れるのだ。夜を経なくっちゃ、太陽が登らないのだ。
信吉だって、だから、自分を見失うまでの激しい情熱に憧れないとは、限らない。
しかし、そんなことはどうでもよい。さし当って、明日もう一度冴子に会うことだ。
その幕が閉ると、信吉はそわそわと、監事室の外の廊下へ出た。
第八章
奇怪なる新内語りと奈落で奇遇すること。
新内はデカダンス音楽であることについての軽薄なる論議。
コキユ……。
信吉は冴子に会いに楽屋へ行こうとして花道のうしろについている扉をあけて、地下室への階段を降りて行った。