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よるのこうず

夜の構図

織田 作之助

「婦人画報」1946(昭和21)年5月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,068 字 · 125 页

青空文庫

「正午……?」

「そう。それより早いと僕はまだ寝ているし、それより遅いと、二時に出掛けなくちゃならないし……」

昼まで寝るというのは、嘘ではなかったが、二時に出掛けるというのは出鱈目だった。

なぜ、そんな咄嗟の嘘をついたのか。

明日はそんなに引きとめないということをほのめかして、冴子に安心を与えようとしたのか、それとも、二時に出掛けるという嘘が、明日冴子と会っている時の信吉自身に、何かの切っ掛けか口実を与えてくれることに、期待を掛けたのか。

「ええ、じゃ、正午に伺いますわ」

と、冴子は言った。

信吉ははじめて冴子の顔をじっと見た。

冴子の眼は青み勝ちに澄んでいた。信吉はふと新内語りの、どろんと濁った眼を想い出した。デカダンスの泥沼のようなその眼と、泉のように澄んだ冴子の眼!

信吉は冴子に会いたくなったのが、その新内語りの新内を聴いたからだということを忘れて、泥沼の中から這い出した体を、いきなり泉の中へ投げ込みたいという衝動に、胸が温められた。

信吉の眼は冴子と知り合った喜びに燃えて、炎のように冴子の可憐な顔をなめ廻していた。

しかし、眼は燃えても、信吉の表情は全体になぜか冷かだった。