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きせつのないまち

季節のない街

山本 周五郎

「朝日新聞 夕刊」1962(昭和37)年4月1日~10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 201,379 字 · 394 页

青空文庫

肇くんと光子

痩せていて小柄で、顔色の冴えない男で、下顎のほうが出ているため、いつも下の歯が上唇を噛んでいるようにみえた。

彼の妻は光子という、としは二十三だと自称しているが、近所のかみさんたちは三十五歳より下ではないと判定していた。これは福田くんよりも背丈が低く、痩せていて、かみさんたちに、「鼠そっくりだ」といわれる顔つきに、ゆだんなさそうな、よく動く眼がなによりも人の注意をひいた。いつもまっ白におしろいを塗り、濃い口紅をさして、常識外れにはでな色柄のワンピースか着物を着て、これまたかみさんたちの言葉を借りれば、「朝から晩までじゃらじゃらして」いた。

この夫婦は相沢七三雄という、屑鉄専門の廃品回収業者の二階に住んでいた。相沢家は夫婦のあいだに七人の子があり、長男が十一で末っ子が二歳。妻のますさんがまた妊娠ちゅうという、賑やかな家族であった。

福田くん夫妻は、引越して来て五日か六日めに、その存在を長屋じゅうにはっきり印象づけた。――或る朝、およそ八時ころのことだったが、二階でなにか云い争いを始めたと思うまもなく、福田くんが梯子段を駆けおりて来、土間にあった誰かのサンダルを突っかけてろじへとびだすなり、振返って、いま自分の出て来た二階を見あげながら、黄色いようなきんきん声で叫びだした。