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あくまのもんしょう

悪魔の紋章

江戸川 乱歩

「日の出」新潮社、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 151,280 字 · 301 页

青空文庫

車は予め命じられていたと見えて、徐行しながら、麹町区内の屋敷町をグルグルと廻っていた。

左右と後部の窓のブラインドがおろしてあるので、通行者から車内を覗かれる心配はない。安全至極な移動密室である。

博士はチューブから石鹸液を絞り出して、川手氏の鼻の下を泡だらけにしながら、手際よく剃刀を使って、見る見る髭を剃り落してしまい、剃りあとにメンソレータムを塗ることさえ忘れなかった。

「ウフフフ……、大変若返りましたよ。サア、これでよし、今度は僕の番です」

「エッ、あなたもその髭を剃るのですか。惜しいじゃありませんか。君まで何もそんなことをしなくっても」

川手氏はびっくりして、博士の立派な三角型の顎髯を見た。この特徴のある美髯をなくしては、宗像博士の威厳にも関するではないか。

「ところが、この髯は一目で僕という事が分りますからね。いくら変装をしても、髯があっちゃ何にもなりません。

しかし、剃り落すのじゃありません。剃らなくてもいいのです。これは僕の取って置きの秘密ですが、この際ですから、あなたにだけ明しましょう。ごらんなさい、これです」

云うかと見ると、博士は揉上げのところを指でつまんで、まるで顔の皮を剥ぎでもするように、いきなりメリメリと引きむしり始めた。