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あくまのもんしょう
悪魔の紋章
江戸川 乱歩
「日の出」新潮社、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 151,280 字 · 301 页
一通毎に筆蹟が違っていた。ひどく下手な乱暴な書体であった。差出局の消印もその度毎に違っていたし、封筒も用紙も最もありふれた安物で、全く差出人の所在をつきとめる手掛りがなかった。
脅迫は必ずしも手紙ばかりではなかった。ある時は電話口にえたいの知れぬ声が響いた。
「川手君、久しぶりだなア。僕の声が分るかね、ホホホホホホ。君には美しい娘さんが二人あるねえ。僕はね、先ず手初めに、その娘さんの方から片づけることに極めているんだよ。ホホホホホホ」
非常に優しい鼻声であった。恐らく電話口で鼻を抑えて物を云っていたのであろう。彼は一言喋る度に、ホホホホホホホと女のように笑ったが、その奇妙な笑い声が川手氏を心の底から震い上らせてしまった。
無論声には聞き覚えがなかった。局に問合せて見ると、自働電話からという答えで、やっぱり相手の正体を掴む手掛りがなかった。
川手氏は今年四十七歳、無一文から現在の資産を築き上げた人物だけに、事業上の敵などは数知れずあったし、事業以外の関係でも、随分むごたらしい目に会わせた相手がないではなかった。だが、それらの記憶を一つ一つ辿って見ても、今度の脅迫者を探し当てることは出来なかった。