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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
01 第一分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 180,256 字 · 361 页
ここへ来い。ちょっと、これへ来い」
壁の陰で、日吉は唾をのんだ。そして告げ口したおつみを睨みつけた。後からはいってきた母は、またしても――と呆れ顔に、土間口で立ち止まっていた。
父親は怖かった。世の中で怖いものの第一が父親だった。
日吉は、畏って、
「何ですか」
と、弥右衛門の顔を仰いだ。
木下弥右衛門は、炉を前に坐って、麻箱に肱をついていた。
うしろの壁には、起居につかう杖が立てかけてある。厠へ通うにも、その杖にすがらなければ歩けない彼であった。
常に坐っている彼の傍らにある麻箱は、そういう不具な体でも、いくらかの家計を助けるために、気が向くと、麻を紡いでは、それへ溜めておく内職道具の一つであった。
「日吉」
「はい」
「あまり母親に世話をやかすじゃないぞ」
「え」
「姉に向って、悪たいをつくのもよくない。男のくせに、女どもを相手に、何という体だ」
「何も……何もおらは」
「だまれ」
「…………」
「わしには耳がある。おまえが何処で何をやっているかぐらいのことは、坐っていても知っている」
日吉は、心のうちで顫いた。父のことばは、父のいう通りに思った。
だが弥右衛門は、この子が可愛くて堪らなかった。