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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
01 第一分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 180,256 字 · 361 页
卍の一族
「おっ母、何するんだい」
「元服して上げるのじゃ。形ばかりではあるけれど、おまえの門出を祝うて」
と日吉の髪へ剃刀を当てた。そして新らしい藁を水に浸し、切り上げた根もとを結い直して与えた。
生涯、忘れることの出来ない感銘が、そうしている間に、日吉の血へ沁み入っていた。頬に耳に、時折触れる母の荒れた手を、傷ましく思いながらも、彼は、
(おらも、もう人なみだぞ)
と、自覚を持った。
野良犬の声が、どこかで頻りとしている。戦国の深い闇に、殖えてゆくのは、犬の声ばかりだった。日吉は、外へ出た。
「おっ母。……じゃあ」
達者に――というべき後も、喉につまって、それしか出なかった。母は神棚の前へ、背を曲げていた。泣きだした小竹を抱いて、おつみは外へ追いかけて出て来た。
「……あばよ、あばよ」
日吉の影は、黒く小さく、後も見ずに駈けて行った。霜のせいか明るい夜だった。
卍の一族
清洲から数里。那古屋からでも西へ十里とはない。
そこの蜂須賀村へはいると、すぐ何処からでも目につく笠形の丘がある。夏木立の鬱蒼としているこの頃の昼間はただ蝉の声だった。夜は、大きな蝙蝠の影が月をかすめてまま飛び交う。