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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
01 第一分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 180,256 字 · 361 页
松下屋敷
「針を買わんか。――京針。――京の縫針イ」
浜松の町端れを、至って暢ンびりと、相変らずな顔して歩いている彼のすがたが見出された。
松下屋敷
松下嘉兵衛は、遠州の産で、根からの地侍であったが、今川家から封を受けているので、駿河旗本の一人であり、禄三千貫、頭陀山の砦を預かっている。
天龍川の流れは、その頃、大天龍、小天龍の二大脈に岐れ、彼の邸は、頭陀山から五、六町東にある馬込川――大天龍の岸にあって、馬込橋を中心とする、そこの宿駅の代官役をも兼ねていた。
その日。
嘉兵衛之綱は、馬込からそう遠くない浜松の曳馬城に、飯尾豊前守をたずねて帰る途中だった。
飯尾豊前も、彼と同じ今川家の被官なので、この地方の民治警備には、たえず連絡をもち、また、四隣の国、――徳川、織田、武田などの侵略にも、常に備えなければならなかった。
「――能八」
嘉兵衛は、供を振り向いた。
馬上からである。
供の郎党は、三人いた。長柄を持った髯面の郎党が、
「はッ」
と、駈け寄って、主人の顔を見上げた。
ちょうど曳馬畷から馬込の渡舟へ出るあいだの街道だった。並木の松や雑木のほかは、見通しのよい畑や田だった。