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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

01 第一分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 180,256 字 · 361 页

青空文庫

「何だろ」

身を起すと、日吉はふとんの上に坐ってしまった。

たしかに今、裏のほうで、木でも折れるような響きがした。――その前もぴたぴたと人間の跫音のような気配がしたと思って、耳をたてているうちにである。

台所から日吉はこっそり戸外をのぞいてみた。大瓶の水も凍り、板廂から剣のような氷柱が垂れている寒空の冴えた夜半だった。――ふと、裏の巨きな木のうえを仰ぐと、それへ攀じのぼっている人間がある。今の大きな響きは、その人間が足をかけた梢の一つが裂けたものとみえる。

日吉は体じゅうを眼にして、樹の上の人間の奇怪な行動を見つめていた。

その男は、蛍ほどな小さい火を、くるくる宙に振っていた。それは火縄にちがいあるまい。赤い渦巻から微かな光の粉が風にふきこぼれ――何かの合図でも外へしているらしく思われた。

「あッ、降りて来る――」

日吉はとび出して、鼬のように物蔭へかくれた。木から辷り降りた男は、とたんに大股な足を移して、表のほうへ廻って行く。それをやり過して、日吉は後から尾けて行った。

「や。宵に見えたお客さまの一人だぞ」

彼は、ありえないことのようにつぶやいたが、やはり覚えのある人間だった。