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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

01 第一分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 180,256 字 · 361 页

青空文庫

それは、この近郷の御厨の渡辺某であると名のって、御寮人の茶席へも通り、主人の捨次郎のはなしも始終、熱心に聴いて帰った郷士の客にちがいない。

客はひとり残らず帰ったはずなのに、今頃まで、どうして、どこに残っていたものだろう。しかも今見れば、身拵えも宵とはちがって、草鞋をはき、袴の裾を巻き括り、大太刀を横ざまに帯びて、角鷹のような険しい眼をあたりへ払っている様子――見るからに殺伐な血のにおいをすぐ思わせる扮装なのだ。

「待て、待て。――今、かんぬきを外すから、静かにしろ」

云いながら、その奇怪な人間は、門の内側へ寄って、そこを開けにかかったが、その間も、外にひしめいている大勢の囁きや手が、門をがたがた揺がしていた。

土匪の襲来?

そうだ。野武士の頭が、いなごの群れのような数多の手下を闇から呼んで、掠めにやって来たのだ。

日吉は、物蔭で、

(泥棒!)

と感じると、とたんに自分の血しおの沸りで、自分が分らなくなっていた。

だが、その忘失も、その恐怖も、自分の仕えている主家の大事――という観念の以外に――である。いや、それだけが、彼の頭を占めてしまったので、他の考えも危険もまったくなくなっていたという方が正しい。