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ぎじんのすがた

日本の怪談

田中 貢太郎

田中貢太郎『日本の怪談』。同一底本的分册已合并为一书。收入:義人の姿、宝蔵の短刀、村の怪談、猫の踊、幽霊の自筆、狐の手帳、貧乏神物語、怪僧、庭の怪、八人みさきの話、一緒に歩く亡霊。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 56,030 字 · 115 页

青空文庫

庭の何処かで虫の鳴くのが聞えて来た。光長はそれを聞くともなしに聞いていたが、手許が淋しくなったので、やるともなしに瓦盃に手をやって、今度はひと思いに口の縁へ持って往って、飲んで見ると気もちが宜いから一口に飲んでしまった。

光長の頭はみょうに重どろんでいた。何を考えるにも億劫で、それで何もかも面白くなくて、己の存在を持てあましているとでも云うような状態にあった。しかし、光長にはこれと云う不平があると云うわけではなかった。公のことも家庭のことも、皆彼の思うようになっていて、すこしも神経をいらだたせるようなことはなかったが、それでいて物事が面白くなかった。

「やっぱり、俺は体のせいだ」

光長はそう云うことを思うのも苦しくなって、坐っているのが億劫になって来たので、盃を置くなり、体をごろりと横に倒して、左の手に頭を支えながら庭の方へ顔を向けた。涼しい風がもそりもそりと動いて来た。光長は気もちが好かった。

「好い気もちだ」

暗かった庭が次第に明るく見えて来た。芒の穂の縞目がはっきり見えるような気がして、光長はその芒の叢に眼をやっていた。と、強い風が吹いて来たようにそれがさわさわと動きだした。