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こよみ
暦
壺井 栄
「新潮」1940(昭和15)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 56,332 字 · 112 页
と、母親のような口ぶりで呟いた。
毎朝実枝にさんざん急きたてられるまでクニ子はひと時花畑に入りこんでジキタリスの花の数をかぞえてみたり、向日葵と背比べをしたり、薔薇の匂いに小鼻をうごめかしては悦に入ったりするのであった。家の前を真直ぐに通りの小径につながる敷石道を挾んで両側十坪ほどずつの空地にとりとめもなく草や木を植えこんだそこを、クニ子はおおげさに「花園」といった。季節季節の種を蒔き、花を咲かせることがクニ子にとっては時には教職と同じほどに大切であるらしく、一本一本の草や木は教え子へのような周到さで育てられていった。今朝も実枝は何べん呼びかけても家に入ってこない姉に、
「姉さん、明日があるがいやほんまに、えい加減にしい、味噌汁が冷めら」
ぼやきながら自分も「花園」へ近づいていくと、朝顔の移植をしていたクニ子は泥だらけの指先を払うようにして、手首で乱れた髪の毛を後ろへ撫であげ、
「そういうなっちゃ実枝、もうこれですんだんじゃ、今年や十五センチを咲かそ思てなあ、見よってみい」
人のよい笑顔で妹を見上げた。
「あきれた姉ちゃん、まだ顔も洗わんと!」
実枝にそういわれてばたばたと支度にかかったのであった。