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こよみ
暦
壺井 栄
「新潮」1940(昭和15)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 56,332 字 · 112 页
七
もう八重の心は誰に何といわれようとも動かすことはできまい――。
いねは手紙を持ったまま、右を下に、そうっと横たわった。初めて涙が出てきた。しかたがない。八重には八重の決心があるにちがいない。八重が戻ってきたらいってやろう。お前の気のすむようにせえ、困ったことがあったらいつなと戻ってこい――と。
いねはようやく気持の落ちつき所がわかって起き上った。すると今度はそういう自分の気持に何かそわそわしてきて、立ったり坐ったりした。そして口の中で呟いた。
「早う、お父さん戻ってこんかなあ」
七
半紙半分に
おけ わがえいたします 日向
と書いたビラを重吉は村の辻々へはりだした。もう船を下りたのであった。八重がいなくなり、高子が出てゆき、最近では孫の花子をその父親の手に渡すと、それで精根がつきはてたとでもいうようにぐったりとしてしまったいねを見て、安閑と家を外にはしていられない気になったのであった。それに重吉自身もう七十の方へ近く、頬髯は九分どおり白くなっていた。
「さあて、これでまたもとの桶屋になろうかい」
昔の道具箱を出してきた。おもだったものは千吉にくれてやったが、まだ桶屋をやる道具は揃っていた。