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こよみ

暦

壺井 栄

「新潮」1940(昭和15)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 56,332 字 · 112 页

青空文庫

一〇

うううと唸りながら半ば意識の中でそこへ倒れていった。千吉に負われて家へ帰りつくまでにふたたび発作を起し、重吉はそのまま寝ついてしまった。そして、はっきり気がついた時には実枝が枕元に坐っていた。実枝はもう十七になっていた。クニ子ほどに背がのびて、紺の水兵服から手足がはみでていた。何かいおうとしたが、言語障害を伴った重吉は、ただうふ、うふと泣くとも笑うともつかぬ声を出し、もどかしそうに左手で自分の口を指しては必死の目なざしをした。うん、うんと実枝がうなずいてみせると、重吉は手放しで泣きだし、泣声はやがて笑い声の交ったような苦しい嗚咽になった。

「黙っとり、黙っとり、安心して寝とりよ、実枝が戻ってきたんじゃせにのう」

重吉は、ほっ、ほっというような声を出して唇をふるわせた。泣くことも笑うことも思いどおりにならない父親に、実枝もいっしょに泣きながら、ぬれた手拭をしぼってそのはげた額の上にのせた。

一〇

「ようこの子があったらこそのう」と、見舞に来た人たちが実枝を見てはそういう。そのたびに重吉は、

「おいの」と嬉しげに、そのとおりじゃという顔をする。十人も生んで、下子二人の世話になるとはと、回らぬ舌で思い深げにいう父親を見ると、同じ血のつながるきょうだいでも、親子の縁の薄いものと、そうでないものがあるのを、実枝ははじめて