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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页

青空文庫

「ええ、でもこれで」

「いいじゃないの、よそではいるんじゃなし人が見るわけでもなし、あたしだっていつもそうするのよ」

新八は頷いたが、両手を脇に垂れたまま立っていた。

「どうしたの、新さん」

「ええ、いま」

「あらいやだ、恥ずかしいの」

「あっちへいって下さい」

「恥ずかしいのね」

新八は黙っていた。おみやは上気した顔で、可笑しそうに彼を眺め、それからわざと強い調子で云った。

「冗談じゃないわよ、新さん、男のくせになによ、そんなこと恥ずかしがるなんてだらしがないじゃないの、はっきりしなさいよ」

新八は下帯をとった。おみやは彼の背中を平手で叩き、くくと笑いながら六帖のほうへ去った。

新八は盥の中へはいった。盥は小さくはなかったが、片方が壁、片方に釜戸があるので、躯をながすには窮屈であった。彼は片膝を立て、手拭をぬるま湯に浸しては、そろそろと躯をしめした。するとおみやが覗いた。

「そうね、男が行水をつかうには此処はちょっと無理ね」とおみやが云った。

新八はびくっと身をちぢめた。おみやはそばへ来た。

「あたしがながしてあげる」

「大丈夫です」と新八が云った。

「ながしてあげるわよ」