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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页
石火
新八の気のつかないうちに、おみやは、ひと夜ごとに夜具の間隔をちぢめて来た。やがて気がついたが、彼にはなにを云うこともできなかった。彼は自分が、そんなことで文句を云える立場ではない、と思った。おみやは寝返りを打って、手や足を、新八の夜具へのせることもあったが、彼はそっと躯をずらせるだけで、押し返したり、よび起こして注意するようなことはしなかった。そして、とうとうこんなことになった。新八は寝衣の袖で、自分の唇や、顔や頸などを拭きながら、嘔吐の発作におそわれた。
「堪忍してね、新さん」六帖でおみやが囁いた、「あたしあなたを、弟のように思っていたの、弟のように思っているうちに、情が移ってしまったのよ、辛いわ」とおみやが囁いた。
「あたしもう決して、あなたのいやがるようなことはしないわ、だから、嫌わないでね」
おみやの啜り泣くのが聞えた。新八はこおろぎの声に聞きいっていた。
石火
住居を出た柿崎六郎兵衛は、旅籠町までまっすぐにゆき、二丁目を右へ曲って、西福寺という寺へはいった。
彼はそのまま出て来なかった。
明くる朝、その寺の土塀に付いたくぐり門から、二人の浪人者がはいってゆき、十時ころ、さらに三人の浪人者がはいっていった。