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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页
断章(一)
この男にはゆだんがならぬぞ、と十左は心の中で呟いた。
成瀬久馬と塩沢丹三郎が食事をはこんで来た。蜂谷は小鉢の味噌を味わって、これは珍らしいと声をあげた。
「これはくるみ味噌でございますね」
「そうです」と甲斐が云った、「味はどうですか」
「結構でございます、うもうございますね、久しぶりで故郷の味にめぐりあいました」
「湯島でも出ましたな」と七十郎がおくみを見た。
「船岡で作るんだ」と甲斐が云った。
おくみがあとを続けた。
「船岡で作ってこちらへ送って来るのを、わたくしの実家の雁屋で売るんですの」
「売るんですって」
「しょうばいを始めたんだ」と甲斐が云った。七十郎が眼をみはった。
「どういうことです」
「湯島の家をまかなうんですね」
「からかってはいけません」
「そんな暇はないさ、七十郎などは世間がひろいから、見本を持ってひろめに廻ってもらうつもりだ」
「貴方という人は、――」と云いかけて、七十郎は首を振った。
その日の午後、甲斐は評定役の会議に出た。
断章(一)
――里見どのは立ちました。
「集まった顔ぶれは」
――伊東七十郎、十左どの、蜂谷六左衛門どの、それからくみと申す女です。