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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页
「へえ、あの新参者がか」
「あの新参者がだ」と十左が云った、「知ってのとおり、おれは堀普請の目付役をしておる、坂本も相い役だったが、――おれのところへやって来おって、小日向の普請小屋に、不取締りのことがあるから、注意するようにと申しおった」
「斬ってしまえばよかった」
「それでおれはどなった」
「おれなら、そのとき斬ってしまう」
七十郎のそう云うのが聞えた。甲斐は手紙を書いていた。
いま甲斐の書いている手紙は、茂庭佐月に送るものであった。佐月は周防定元(現に国老)の父で、周防良元といい、やはり国老を勤めていたが、いまでは隠居して、くにもとの志田郡松山の館に、ひきこもっていた。
――七月十八日、酒井邸へ召されて、殿さま逼塞の沙汰があったこと、それから連日連夜の重臣会議や、十九日夜、坂本、渡辺、畑、宮本ら四人が刺殺されたことなどは、すでに御子息の周防どのから、使者で申上げたと思う。
甲斐はそのように書いた。ひと間おいた向うの座敷では、里見十左衛門がなお話していた。むきになったその声は、こちらの居間までよく聞えてくる、十左はこう云っていた。
「おれはどなりつけた、おれは忠宗さま御代から二十余年、ずっと目付役を勤めておる、きさまのような新参者に意見されるほど、不鍛練な人間ではない」