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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页

青空文庫

は知らずに、二人をさそって来たものであった。

それで主賓の律は、しぜん主人役にまわり、おくみとともに、客の接待をしなければならなかった。芸人は男女とも七人いて、いかにも律の好みらしく、鳴りもの、唄、踊りと、賑やかな酒宴になっていた。

甲斐は自分の席に坐って、客に挨拶をし盃に三つほど飲むと、「涌谷どのの別宴があるから」と断わって、その席から去った。すると律が追って来た。

「戻って来て下さるわね」と律が訊いた。

「そのつもりだ」

「戻って来て下さるわ」と律はつよい調子でいった、「だってまだ、いちどだってしみじみお話しもしないし、このまま帰るなんていやですわ」

「戻って来るつもりだ」

「わたくしお話しなければならないことがあるんです」

「船岡へ帰ってから聞こう」

「それではまにあわないかもしれませんわ」

「およそわかっている」と甲斐は云った。

律はどきっとしたように良人を見た。

「わかっていらっしゃるんですって」

「わからないと思うのか」

「わかる筈がありませんわ」

「それならそれでいい」と甲斐は云った。

「待って下さい」

「もう時間がないんだ」

「ひと言だけ聞かせて下さい」と律が云った、彼女の顔は硬くなり、眼がきらきらした、「あなた本当にわかっていらっしゃるんですか」