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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页

青空文庫

「そのことは大条どのから聞きました、たしかにそのひと言は効果があったでしょう」と主膳は頷いて、「しかし」と低い声でつづけた、「しかし周防どのの申されるには、そのひと言が云えたのは、その座に久世侯がおられたからであるし、また久世侯が列席されたかげには、板倉(重矩)侯の奔走があったからだということでした」

甲斐は眼をそらしながら頷いた。

「誰か板倉侯に窮状を訴えた者があるのではないか、と周防どのは申されていました、久世侯のくちぶりでは、たしかに誰かが板倉侯に窮状を訴えにいった、というふうであったと云っていました」

「そうかもしれません」と甲斐は眼をそらしたまま云った。「私はどうとも申せませんが、こんどの事はかなりひろく諸侯のあいだに知られているようですから、板倉侯は自分だけのお考えで、お骨折り下すったのではないかと思います」

「原田さん、貴方はなにか」

「失礼ですが」と甲斐は主膳を遮って云った、「ちょっと涌谷さまに挨拶をしてまいります」

甲斐は立って、安芸のところへ挨拶にいった。そして、こんどは自分の席についた。

彼の席は三人の宿老の中央で、古内主膳とは少しはなれていた。