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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页
甲斐は静かに周防を見た。
「もし涌谷さまやおれが、手をひいてもいいと云ったら、船岡は手をひくか」
「そのほうがいいね」
「たしかだな」周防は唇を歪めた、「その言葉にまちがいはないな」
「まちがいはないよ」
「原田、――そこもとは、そんな人間だったのか」周防の声はふるえた、「いや、信じられない、そんなことがあるわけはない、おれはそこもとを知っている。そこもとが小四郎といっていた時代から、口には出さなかったが、心から敬服し頼みに思っていた、それがいまお家の大事に当って」
「ああ」と甲斐は静かにさえぎった、「そう誇張するのはよそう、誰だって少年時代には、近い親族の年長者をたのもしく思うものだ、まして松山と私とは重縁になっているし、年も三つちがいで、そこもとには男きょうだいがなかった、だから、少年時代の感情がいまでも消えずに残っている、敬服されるのも頼みに思われるのも有難いが、そういう誇張した感情で見ることだけは勘弁してくれ」
「私がなにを誇張したというのだ」
「なにもかもだ」甲斐はそう云って、じっと周防の眼をみつめ、それから肩をゆりあげた、「私は帰ることにしよう」
「このままでか」