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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页

青空文庫

甲斐は悲しげな眼で綱宗を見た。

「おれは潰すぞ」と綱宗は叫んだ、「なんの六十万石、おれがみごとにとり潰してみせる、こんな無道なことを黙っているほど、綱宗が木偶だと思ったらまちがいだ、おれはきっと潰してみせるぞ」

「ええわかっております」とはつ女が云った、「殿さまの御心中は、原田さまもよくおわかりです、もうおやめあそばせ、小浪に踊らせましょうから御機嫌を直して」

「黙れ、甲斐になにがわかる」

綱宗は「こいつに」と云い、持っている盃を甲斐に向かって投げつけた。甲斐は除けなかった、盃は彼の胸に当り、それから膳の上に落ちて音をたてた。

「こいつも一味だ」と綱宗は怒号した、「甲斐も兵部の一味だ、おれが成敗してくれる、佩刀をもて」

「原田さま」とはつ女が叫んだ。

綱宗は立ちあがり、うしろにあった刀架から刀を取って抜いた。

「原田さま、どうぞ早く」とはつ女が叫んだ。

甲斐は動かなかった。はつ女に「大丈夫です」と頷いたまま、片手に盃を持って坐っていた。

綱宗は抜いた刀を持って、上段からおりて来た。逆上のために眼はつりあがり、乱酔しているので足もとがきまらなかった。

「殿さま」