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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页

青空文庫

と奥の六帖で六郎兵衛の呼ぶ声がした、「きさまにも話すことがある」

その家へ六郎兵衛の帰って来るのは、ちかごろでは珍らしいことであった。

まえにも帰らないことはよくあったが、十月はじめあたりからは帰って来るほうが稀であり、帰って来ても、用事を済ませるとすぐに出ていくのであった。それでおみやはゆだんしていたのであるが、六郎兵衛の話しを聞くと、おみやはすっかり戸惑いした。

彼は妹に、屋敷奉公にゆくのだから、すぐに支度をしろと云った。おみやはいやだと云った。自分にはもうかたくるしい武家勤めはできない。ならん、おれが命ずるのだ。どうしてですか。それはおまえの知ったことではない、すぐに支度をしろ。新さんはどうなるんですか。宮本はここに残る。一人でですか。野中又五郎と妻子が来る。では新さんはその人たちといっしょに暮すんですか。そうだ。なにか不服があるか、と六郎兵衛が云った。

おみやはすぐに諦めた。兄に反抗することなどは不可能である。おみやは新八と別れたくない、新八とそういうわけになってから、いっそう別れることは辛い。しかし兄の意志にはさからえないだろう、「この呑んだくれの悪性者は」