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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页

青空文庫

――すっかり発疹してしまうまでは風に当てないように。

医者はそう念を押した。宇乃は九つの年に麻疹を済ましていた。ちょうど夏の暑いさかりで、幾日も幾日も、閉めきった部屋で寝かされていた苦しさを覚えている。いまは幸い冬だから、閉めきっていてもさして辛くはないだろうし、虎之助はききわけがよく、姉のいいつけをよく守った。

良源院へ来てからずっと、寺男の弥吉と、その妻のおきわが、二人の世話をしてくれていた。――食事は三度とも運んで来るし、縫いものや洗濯や、そのほかこまごました雑用も、すべて弥吉夫婦がやってくれた。もちろん原田家から頼まれた責任もあるだろうが、かれらに子がなかったし、うすうす姉弟の身のうえを聞いて、同情のあまり大事にしているようであった。

宇乃が食事を終りかけているところへ、弥吉が廊下から声をかけた。

「原田さまからお使いの方がみえました」

宇乃は「はい」といった。

昨日、虎之助のことを、手紙に書いて甲斐に知らせた。麻疹はいのち定めという、そんなこともないだろうが念のために、そう思って簡単に知らせたのである。――それにしても、こんなにまだ時刻が早いのに、と思いながら、宇乃は箸を置いて立った。