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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页

青空文庫

周防の来たのは十時すぎであった。おくみの狭い寝間に屏風をまわし、灯をくらくして、火桶を中に二人は坐った。

「風邪をひいてしまった」周防は頭巾をとりながら、こう云って袖で口を押えて咳をした。周防は顔色が悪く、灯がくらいためか、頬がひどくこけたようにみえた。

「どうしてもこの咳が止まらない、夜もよく眠れないのでまいっている」

「私のほうからいってもよかったのに」

「場所がない」と周防が云った、「小石川の小屋場からはなれられないし、小屋場では会う場所がなくなった。どんな隅にも眼と耳が配られているようだ」

甲斐は頷いて云った、「話しを聞こう」

「吉岡(奥山大学)から両後見に密訴があった」と周防が云った。

甲斐はうんと頷いた、「そうらしいな」

「知っているのか」

「つい先日、耳にはいった」

「内容も知っているのか」

「まず聞こう」

「私の弾劾だ」と周防が云った、「いろいろと無根の罪状を並べたうえ、一日も早く処罰するよう、そして国の仕置を自分一人に任せてくれるように、さもなければ辞職すると書いてあったそうだ」

「二度か、三度目だ」と甲斐が云った。

周防は充血した眼で、訝しげに甲斐を見た。