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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页
には出るし、そこで声を荒げるような例は、殆んどなかった。
その朝の客は三人、――仙台へ使者に立つ里見十左衛門と、蜂谷六左衛門に伊東七十郎という顔ぶれで、それにおくみが加わった。蜂谷は四百石の物頭で、去年から江戸定番になって来ていた。伊東七十郎は伊達の家臣ではなかった。
桃生郡小野に、二千七百石で、伊東新左衛門という館主がいる。やはり「筋目」であるが、七十郎はその新左衛門の妻の弟であった。彼はいま二十七歳になる。ずっとまえから、義兄の縁で、伊達藩の諸家へ出入りをしていた。ことに原田家はいごこちがいいとみえ、船岡の館でもそうだし、江戸のばあいでもしばしば原田家に滞在した。七十郎は多能多才で、弓、馬、刀、槍となんでもやる。また会津藩の小櫃与五右衛門と、幕臣の山下甚五左衛門から兵学をまなび、そのほうでも一見識をもっていた。彼は奔放なたちで、ひとところにじっとしていない。仙台、江戸、京、大阪、また北は津軽から南部、越後あたりまで気がるに歩きまわるのであった。
甲斐が席についたとき、もうそこでは酒がはじまっていた。七十郎がそうしたらしい。成瀬久馬と、あとから塩沢丹三郎が給仕に坐った。