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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页
雪
「ではここで」と甲斐が云った。
周防の従者が、合羽で包んで提灯を持っていた。その、合羽からもれる仄明るい光のなかで、周防がじっと甲斐を見た。甲斐はその眼を避けながら云った。
「風邪をこじらせないように」
「うん、ではこれで」
「暗いな」と甲斐が云った。
周防が低く云った、「まるでいまわれわれの置かれた立場のように暗い、あすの日なにが起こるか、どこにどんな落し穴があるかわからない、この闇には灯が一つあればいいけれども、われわれにはその一つの灯さえないのだ」
「松山は疲れている」と甲斐が云った、「別れよう、大事にしてくれ」
雪
十二月二十五日、――伊達家では亀千代の家督の礼として、基近の太刀、棉五百把、銀五百枚を将軍家に献上した。
この使者は原田甲斐であった。甲斐を使者に選んだのは後見役の伊達兵部と田村右京であり、二人は正使の甲斐とともに千代田城の白書院に出、老中の酒井雅楽頭に目録を披露した。
役目をはたして帰邸すると、一門、一族、老臣らの祝宴があったが、甲斐は中座して、いちど帰宅したうえ、夕方ちかくに湯島の家へいった。柴田外記が上府したので、彼の江戸番の任期はすでに終り、定日出仕の勤めも解かれたのである。