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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页
外記は目礼をしたまま去っていったが、式部が呼びかけたので、甲斐は謙遜に久濶を述べた。
式部宗倫は、故忠宗の五男で、綱宗には腹ちがいの兄に当り、年は同じ二十一歳。登米郡寺池で一万二千石を領していた。綱宗とは違って、躯も痩せているし、顔つきも尖って、神経質な、おちつきのない眼と、女性的な、ねばるような話しぶりに特徴があった。
「近いうち国老になるそうですね」と式部が云った。
甲斐は微笑しながら、さて、いかがなものですか、と答えた。式部はとりいるような調子で、愛宕下(中屋敷)ではもっぱらの評判です、いつごろ就任ですか、と訊いた。
「今日はなにごとのおはこびですか」と甲斐は話しをそらした。
式部はそれには答えずに、国老就任は機密らしいですね、と云い、白い歯をみせた。甲斐は穏やかに微笑して云った。
「そんなことはありません、私はまだなにも知らないのです」
「知らないんですって」
式部は皮肉な眼つきをし「ははあ」と頷いた。しかしそこで急に思いついたように、帰国されるそうだが、それはいつか、と訊いた。たぶん明日帰れると思う、と甲斐は答えた。帰ったら涌谷と会われるでしょう。