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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页
虎之助は夜具の上に坐り、小さな膝をきちんとそろえて、姉といっしょに挨拶をした。
「どうした坊、まだよくないか」
甲斐はそう云いながら坐った。
「のぞが痛い」虎之助は顎をあげて、自分の喉を指さしながら云った。声はひどくしゃがれていたし、あげた顎は痩せて、尖ってみえた。
甲斐は眼で微笑しながら、頷いた。その表情には、微笑しているにもかかわらず、するどい苦痛の色がうかび、しかしすぐに消えた。
「そうか、喉が痛いか、私も喉が痛い」と甲斐は云った、「坊は喉が痛いと、泣くか」
「――泣かない」
虎之助は横眼で姉を見た。甲斐は微笑した。唇のあいだから、白いきれいな歯が見え、左の頬に竪皺がよった。
「それはえらいな、おじさんも泣かないが、あんまり痛いと、泣きたいと思うことがある、それでも、男は泣いてはおかしいから、がまんして泣かない、坊もそうか」
虎之助はまた横眼で姉を見た。そして、膝の上で両手の指を動かしながら、ごくっと頷いた。母親がいたら、あまえて泣く年だ。と甲斐は思った。麻疹の予後が悪く、ながびいて、躯のちからも弱っている、苦しいとき、泣かずにがまんすることは、辛いだろう。